pre-communication

模擬会話

精神と思考の関係 2

1年くらい前に書いたこの記事を見るとかなり絶望していたんだなと思う。

somai.hatenablog.com

今も薬の量は変わっていないが、もう少し建設的に考えれている。

この記事で書いた精神と思考の関係についての考えは、しばらく経ってより正確で悲惨でない考えに置き換わった。

前書いたところによると、思考によって未来の認識は良いと悪いを振り子のように行き来するということだった。 しかし今はそう思っていない。未来の認識に良いも悪いもないのだ。

どういうことか。 それは未来は1次元のスカラー値ではなく、D次元のベクトルだということだ。 人間誰しも色々な目標や夢を持って生きている。 その数を100としよう。

現実的に考えて、100個の夢がいきなり陰るということはありえない。 思考した結果いきなり未来がそう見えてくるというのは、単純に落ち込んだ結果全ての物事が悪く見えてしまっているだけの話だ。 悪いと思っても、せいぜい1個か2個ぐらいが悪く見えるというだけで、他の夢については状況は変わらない。

と考えると、今の未来の認識は常に100個の数字で構成されるということだ。 人間の頭が常に100個の数字をトラッキングして、「今は前より悪くなった」などと論理的に考えることができるだろうか? そもそも100次元のベクトル空間での比較演算子はどのように定義されるのだろうか? そう考えると、未来について良いとか悪いとか言えるのは、単に未来のどこかの部分に執着しているからだと言える。

では、前の僕はなぜ思考によって良いと悪いが揺れ動くと考えたのだろう。 それは、実際には僕を悩ませていたのは「未来予想」ではなく「自分の価値」だったからだ。 そして僕は自分の価値に自信がなく、自分の価値は自分が達成した業績で決まると考えていた。

この前提があると、たしかに注目する値は自分の価値という単一のスカラー値になり、 自分が未来何かが達成できないとなるとその値が下がる。

また、正常な人たちがなぜ常に安定した精神を持っているかも分かる。 それは彼らが自分の価値に疑いを持っていないからだ。 心理学などで盛んに言われている話だ。 幼少期に親からの無条件の愛を十分に受け取った子供は、大人になってからも自分の価値を疑うことがない。 それに対して僕は親からそのような愛をあまり受け取れていない。 ここに正常な人と僕との明確な差があり、精神の安定性の違いに結びついていたのだ。

従って、僕がうつ病から寛解するには、自信を持つ必要がある。 どうやったらそうできるかというのは学術的にも研究されているみたいで、今は自尊心に関する本を読んだりしている。 調べてみたら、最近は自尊心の他にセルフコンパッションというものも提唱されているみたいだ。 最近は何がなんでもうつ病から寛解したいと考えているので、ケチらずにこれらを全部生活に取り入れるつもりだ。

しばらくして良い報告ができるようになっていたい。